体力をつけたい、というのが始まりだった。とにかく体力をつければ、微弱ながらも意識に引っかかる体の不調はすべて消え去り、ふとした時に心臓のあたりから湧き起こる憂鬱な気分は爽快感に変わるだろうと何となく思っていた。でもハードなだけでつまらない運動はダメだ、何か楽しい方法はないものか。そう思い始めたのが、今年の10月下旬のことだった。
そこでふと思いついたのが、リングフィットアドベンチャーだった。どこからそのアイデアが出てきたのかは分からないが、数年前に話題になっていたのをとにかく思い出した。そこそこハードらしい、というのもなんとなく把握していた。それにあの任天堂だから、楽しいに決まっているだろう。効きそうだし、買ってみようかなという気になってくる。
そうこうしているうちに、こんなネット記事も出る。
まだ話題に上がるくらいには良いソフトなのか、これは買ってもいいんじゃないか、と脳が目の前の情報を都合よく解釈する。欲しいと思う気持ちが高まる。
ただ、Switchを持っていなかった。買う必要がある。しかし、後継機に関して今年度中には発表があるとの情報が既に出ている。なぜ、後継機が話題になっているこのタイミングで、と自分の物欲のどうしようもなさにもどかしくなる。どうするか。
グズグズしている間に11月になった。そして6日。この日はSwitchの後継機に関して重要なアナウンスが出た。
古川です。本日の経営方針説明会で、Nintendo Switchの後継機種ではNintendo Switch向けソフトも遊べることを公表しました。また、Nintendo Switch Onlineも後継機種で引き続きご利用いただけるようにします。これらNintendo Switchとの互換性を含む後継機種の詳しい情報は、後日改めてご案内します。
— 任天堂株式会社(企業広報・IR) (@NintendoCoLtd) 2024年11月6日
もうすぐSwitch後継機に関する情報が出る。それまで待つか、いやでも今Switchが欲しいんだよなあ……と、迷う。
自分が欲しいのはあくまでリングフィットであって、まだ見ぬ後継機ではない。後継機でやりたいソフトもない。そもそも後継機でどんなソフトが出るかすら発表されていない。それに、後継機に関する情報が出たところで、実際に発売されるまでには時間がかかる。ざっと半年前後といったところだろう。おまけに、どうせ売られ始めたばかりの頃は品薄状態だろうし、「欲しいな」と思ったタイミングでふらっとゲーム売り場に行って買える状態になるまでにまた時間がかかりそうだ。もちろん任天堂側も転売対策を講じてはくれるだろうが、どのような対策かも発表されていないため、どの程度の効果があるかどうかも全く分からない。仮に後継機に関する具体的なアナウンスがされ発売もされて、世間がそれに浮かれていたとしても、Switchのソフトを自分が楽しめればそれでいいじゃないか……?
……と、脳が「今Switchを買う理由」をつらつらと挙げ始める。早い話が、Switchを買いたくてたまらないのだ。そういえば数年前に山田孝之が「迷うのは、欲しいからです!」と叫ぶCMがあってそれを見た時に「うまいこと言うなあ」とニヤニヤしながら感心していたが、あれはPS4だったか。
このあたりになって、「リングフィットをやりたい」ではなく「Switchが欲しい」に思考の重点がシフトしてくる。どうせSwitchを買うのなら、マリオカートとかもやりたいよね、スプラトゥーンってどうなんだろう、自分で視点を操作するのは酔うかもしれないからちょっとな……みたいなことを考え始める。
その日の昼過ぎ、地元のひなびたショッピングセンターでSwitch本体とリングフィットを買うことにした。もっと近いところに家電量販店もあるからそこで買えばいいとも思えるが、気が引けた。家電量販店の店員は、恐らくそれなりにSwitchに詳しく、任天堂の動向にも注目している可能性がある。レジで対応に当たる彼(もしくは彼女)に「こいつ、次世代機の情報がもうすぐ出るって言われてんのに、今さらSwitch買ってんの、情弱じゃね? 草」みたいなことを思われたくはなかった。それに比べて、ショッピングセンターの何も知らないおばさんは目の前の客にあたる私に対して特に何を思うこともなく、当たり障りのない笑顔でSwitchを売ってくれそうではある。そんな、根拠もなく論理的でもない憶測が脳内にあった。
それに、今回行こうとするショッピングセンターは、子供時代の私にとっては特別な場所で、おもちゃやゲームをごくたまに買ってもらえた時の喜びや、欲しいものがあるのに買ってもらえないもどかしさを思い起こさせる。往時の賑わいは取り戻すべくもないのだろうが、ショッピングセンターにはそういう情緒がある。どうせならそこにお金をわずかでも落とそうじゃないか。そう思った。
売り場から引き換え用のダミーケースを取り出し、若干の緊張を感じながらレジのおばさんに渡す。支払いを終えると、おばさんはカウンターの裏にある鍵付きのグレーの棚から商品を出そうとしていたが見当たらず、そばを通りかかった若い男性の店員に尋ねる。するとその男性は売り場に置かれていた鍵付きガラスケースの方からSwitchの実物を取り出し、保証書欄に店のハンコを押してから、私に手渡してくれた。
「ほくほく」というのは焼きたてのイモの食感だけではなく、決心の末に大きな買い物を為した後に特有の高揚感をも表す言葉だと思っている。箱を抱えて歩く私はまさに「ほくほく」していた。
帰宅後、Switch本体の画面に保護フィルムを貼り(なかなか苦労した)、初期設定を終えて、リングフィットをやってみた。以後、1日20分程度、たまに抜かす日もあるが続けている。